不思議な訪問客

※このお話は「裏日記」その3終了後、また「ぴよぴよ」本編三話目終了後のお話です


 ある日。高橋家に不思議なお客様がやって来た。
「ようこそ。高橋さん」
「お邪魔します。高橋さん」
 ぼんやりと休日を寝て過ごしていた啓介は、その不思議なお客の顔をまじまじと見つめた。
「……アニキが…二人??」
 お客も兄。出迎えた方も兄。
 彼等は双子のように、髪型も顔も体格も、すべて同じ姿をしていた。
「…なるほど。こちらの啓介もあまり頭は良くはないようだな」
「ああ。なかなかこればかりは成果が芳しくなくてね」
「それは良く分かる」
 啓介の頭の中には「?」がいっぱい飛んでいた。
 いったい何が起こっているのか?
 惑う弟に、二人の涼介がフッ、と小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
 そして確かに自分の兄だろう涼介が説明するには……。
「啓介。こちらは別次元の世界からやって来た高橋涼介、つまり俺だ。だがこの場合、紛らわしいから、そうだな…君の世界の名前を取って『裏橋さん』と呼んでも構わないか?」
「ああ。別に構わないとも、ぴよ橋さん」
「…では、本題に入ろうか」
「そうだな。俺も別に遊びに来た訳では無いからな」
 裏橋がそう言った瞬間、ぴよ橋が意味ありげにクスリと笑った。
「…ああ。君が来た理由は察しているよ。隠された場所にある君の世界の話は、いつも拝見させてもらっているからね」
 フフフ…。ぴよ橋がほくそ笑めば、裏橋も、フンと鼻で笑ってふんぞり返る。
「俺も君のところの話は拝見させてもらっているよ。一応警告文が出されているようだが、君のところは俺の世界のように秘められた、つまり大人の社交場と言うわけではないからね。せっかく手に入れた華を、むざむざ浮気心なんかで失うようなハメになるとは…別次元の俺とは言え、情けなさ過ぎて涙も出なかったな…」
「手に入れてもない男に、何を言われようと痛くも痒くもないな。それより君は、俺に助勢を乞いに来たのではないのか?早く本題に入りたまえ。そんな余裕など無いはずだろう?」
「…まあ、そうだ。俺がここに来た理由は察しているんだろう。例の…アレだ」
「アレだな…」
 …アレって何だ?
 って言うか、俺、この場にいていいのか?かなりおっかねぇんだけど…。しかし気になることは気なる…。
「イメージングや自己鍛錬は無駄に終わった。あらゆる治療薬もこの病気に対し、有効的であるとは言い難かった。正直、これはもう、俺の手に余る…。だから、ぴよと言う非常識的な生物を造り上げた君なら、何か打開策が無いものかと伺ったわけなのだが…」
「…後に黒ミルの世界に配置予定の俺と拓海の仲直りの話は読んだか?」
「ああ。読んだ」
「それでも無理だったか…」
「発射準備にも至らなかったな…」
 …いったい何の話?
 裏橋なるアニキもどきが、何やら病気を患っているのは分かったが、その病気と言うのがさっぱり分からない。問いたくても、正直一人でさえ手に余る兄が、今二人もいるのだ。藪から蛇、何て事になるのは明らかだ(その点、裏橋氏の啓介より、ぴよ橋氏の啓介の方が賢明だ)。
「…ユン●ルを直接患部に注射する方法は…」
「…やった。鼻血が出て終わったな…」
「…そうか。なかなか難しいな」
 うーん、と二人難しい顔をして考え込む。だがすぐにぴよ橋が「そうだ」と顔を上げ、そそくさと居間を離れて研究室にもなっている自室へと向かった。
 そしてすぐに戻ってきた彼が抱えてきたものは…。
 どん。
 テーブルの上に置かれた代物に、裏橋氏も啓介も冷ややかな目で見つめてしまった。
 透明無色な大きな瓶。その中には何やら怪しげな液体が詰まっている…。
「アニキ…この底に沈んでるの、蛇じゃ…」
「ああ。ハブだ」
「何か泡のようなものが見えるが…」
「白子をペーストにしたものが入っているからな」
「…あの、ハブだけじゃなくて、スズメバチみたいなものも、チラチラ見えるんスけど…」
「ああ。甘味も必要だろう?」
 …そうなのか??!
「これは、俺が十年かけて造り上げた自慢の精力剤だ。これで効かなかったら、君はきっと一生EDだな」
 フフフ、ほくそ笑むぴよ橋氏。屈辱に震える裏橋氏。
 …精力剤…ED…って、え、じゃ、病気って…。
 ようやく啓介も気が付いた。このウラハシ氏こと「裏日記」の世界から来た兄が、勃起不全、つまりインポに悩んでいることに!!
「…つかぬ事を聞くが…君はこれを試したのかな?」
「ああ。拓海を手に入れるためにね、これを彼に飲ませたんだ。もちろん後から俺も飲んだんだが…凄かったな…三日三晩、やりっぱなしだ。何しろ、勃起が治まらなくてね。臨戦態勢のままだから…フッ、突っ込むしかないだろう?おかげで二人で獣になれたよ」
 …アニキ…それは犯罪です。密かな啓介の突っ込みも構わず、話を進める二人の涼介。
「…なるほど。では飲んでみよう」
「ああ。君の症状は頑固だからな。一瓶丸ごと、ぐいっといきたまえ」
 …そりゃ死ぬだろう…。
 だが裏橋氏はそれを実行した。彼の悩みはそれほど深い。キュッと蓋を開け、瓶ごと抱えて一気飲み。
 ごくごくごく…。
 口の端からスズメバチとハブが零れ落ちる。
 …すげぇ。
 或る意味、純粋な感動を啓介は覚えた。だが…。
 ごくん。フーッ…。
 どん。と、空になった瓶をテーブルの上に戻し、ぐいっと口を拭った裏橋氏の股間に何ら変化は見えなかった。
「…ダメか?!」
「…そうだな。ぴくりともしない」
「…これでもダメだとなると、後は俺にもどうしようもないな…」
「そうか。仕方がないな…」
 その時。
「…あ?」
 にょきにょき。
「…アニキ、あれ…」
「…角だ」
 そう。裏橋氏の頭から、二本の捩れた角が生えてきた。
 にょろにょろにょろ。ぶらぶら…。
「あの後ろに見え隠れするの…尻尾じゃ…」
「…尻尾だな」
 裏橋氏の背中の付け根部分から、ブラブラとヤギのような黒い尻尾が生えていた。
 その姿は紛れも無く悪魔。目の下には黒い縁取りのような隈まで浮いている…。
「…世話をかけたね、ぴよ橋さん。もうお邪魔することはないと思うが、一度こちらの世界にも遊びに来たまえ。それでは」
 まんま悪魔の様相となった裏橋氏は「クェックェッ」と怪しげな笑いを残して去っていった。
「…アニキ…あの人、悪魔になったんだけど…」
「そうだな。興味深い症例だ。俺+ED+最強精力剤が、このような症状を見せるとはな…しまった、ビデオに記録して学会に提出すれば良かった!」
「…や、それは止めたほうが…」

「…ぼくはきょこんでこまってます。すーぱーまぐなむけーすけとよんでやってください」

「ハァッ?!」
 奇妙なセリフに愛らしい声。そのミスマッチに振り向けば、そこには啓介の愛してやまないぴよがいる。
「ぴ、ぴよ、今、お前何言った?」
 ぴよは愛らしく首をかしげながら、啓介の背中を指差しながらこう言った。
「ぼくはきょこんでこまってます。すーぱーまぐなむけーすけとよんでやってください」
「ぴ、ぴよ、どこでそんな言葉を覚えたっ??!」
「え、だって、けーすけのせなかにかいてあるよ?」
「何?!」
「ああ、本当だ…」
 慌てて啓介が鏡の前に立ち、後ろを振り向くようにして覗き見れば、そこには張り紙が。そして、
『僕は巨根で困ってます。スーパーマグナム啓介と呼んでやって下さい』
 と書かれてあった…。
「な、なんでこんなものが…」
「フッ、きっと悪魔になった裏橋氏の仕業だろうな…」
 分析する兄に、ぴよがぐいぐいとその服を掴んで引っ張る。
「あのねあのね、あにきー、さっきつのとしっぽのあるあにきがいたよー」
「ああ、あれは別に世界の俺なんだ」
「そうなの?でね、たくみが『りょうすけさんのばかー』っていってどっかいっちゃったよ」
「………何??!」
 そういやぴよは、拓海と一緒に藤原豆腐店に遊びに行っていたのだった。彼がこの場にいるのなら、送ってきた拓海もいるはずで、それが今いないと言うことはつまり…。
『クェックェックェッ…』
 悪魔涼介の笑い声が耳に残る。
「あ、あいつは拓海に何をしたんだ、ぴよ?!」
「んとねー、さいしょはたくみとなかよくおはなししてたの。でも…」
 たどたどしく話す、ぴよの言葉をようやくすれば、こうなる。


「こんな事を言って、君を悲しませるのは本当は嫌なんだが…」
「えっ?どう言うことですか、別の世界の涼介さん?」
「実は、彼と話した際に、お互いの恋人の話になってね。その時に彼がこう言ったんだ。
『もう大人の男はうんざりだ。硬いばかりで柔らかさがない。それに比べて少年は最高だな。適度に柔らかく、それでいて締りがある。やはり男を相手にするなら、子供の方がいいな』…と」
「………やっぱり…涼介さん…」
「ああ、泣かないでくれ。もちろん俺の好みは君のような年齢の大人の男だ。そんな魅力的な君が、不実な恋人のせいで涙を流すだなんて…許せないな…」
「…別の世界の涼介さん」
「俺と一緒に来る」
「…え?」
「もちろん俺には向こうに俺の拓海がいる。愛することが出来ないが、大切にすることは出来るよ。少し、君たちは距離を置いたほうがいいと思う。ひとまず頭を冷やすために、俺の世界においで?」
「…そ、そんな、ダメです、俺…行けません…仕事もあるし…親父もいるし…」
「そうか。残念だな…じゃあ、これを君の涼介氏に返しておいてくれないかな?」
「え?」
「彼が俺に見せびらかしたんだが、あまりいい趣味だとは思わないな…」
「これ…」
「そう。いわゆる君たちのハメ撮り写真だな。このアングルから察するところ、これは隠し撮りだろう。君は、知らなかったんだろう?」
「……はい…」
「可哀想に…彼はこれを自慢げにみんなに見せていたよ」
「…そんな…嘘…」
「信じられないだろうが、これは事実なんだ」
「…りょ、涼介さんの…バカーっ!!」
 バタバタと走り去る拓海。それを尻尾をゆらゆら揺らし、「クェックェックエッ…」と笑う悪魔涼介……。


 ぴよの説明を聞き終えた涼介は、顔面蒼白で立ち上がり、そして叫んだ。
「た、拓海―――っ!誤解だ―っ!!」
 バタバタと走り、そして彼は心の中で誓った。
『裏橋涼介…いつか同じ目に合わせてやる…』
 そんな兄の背中を見送りながら、啓介は、学んだ。
 それは、
「アニキの敵は…つまりアニキか…」
 恐ろしい…。しみじみと啓介は思った。
 そして恐怖に震える啓介に、ぐいぐいと服をひっぱるぴよの愛らしい手。
「ん、ぴよ、どうした?」
 ほわん、と綻ぶ笑顔で答えれば、ぴよは、ぽっと頬を染めながらこう言った。
「きょこんってなにー?すーぱーまぐなむけーすけぇ?」
「………」
 啓介は答えられなかった…。
 そして脳裏に響く、裏橋氏の笑い声。
『クェックェックェッ…』
 どこの世界の兄も、はた迷惑で恐ろしい存在なのだと、学んだぴよ橋啓介21歳であった…。