不思議な訪問客

※R18 ご注意ください



 ――会えない。
 その言葉を何度聞いただろう?
『本当にすまない。明日は約束していたのに、どうしても抜けられない用事が出来てしまって…』
 その言葉に、物分りのいい振りをして明るく答えるのにも慣れた。
「…分かりました。すみません、涼介さん忙しいのに」
『出来るだけ早く埋め合わせするから…』
「いいですよ。涼介さん、自分の事を優先させて下さい。俺の事は気にしないで」
『…そうか?』
「はい。もう切りますよ?明日も早いんでしょう?」
『…ああ、そうだが…』
「早く寝て下さい。俺も明日、配達だからもう寝ますし。じゃ、おやすみなさい」
『……おやすみ』
 プツリと通話が切れ、声だけでも伝えていた携帯の向こうからは、「ツー、ツー」と空しい機械音だけが響く。
 さっきまで出していた明るい声とは裏腹に、拓海はふてくされた表情のまま、携帯をベッドに放り投げる。
「…クソッ、やっぱ明日もダメかぁ…」
 群馬では知らぬ者はいない有名な走り屋、赤城の白い彗星こと高橋涼介と付き合いだして半年。向こうからの告白で始まった思いがけない関係は、今ではどっぷりと拓海のほうがハマっている。毎日会いたくて、声を聞きたくて、恋焦がれるというのを彼と付き合いだして、初めて拓海は体感した。
 だが当の相手の涼介は、プロジェクトに加え医学部の最終学年の上に国家試験を控え、社会人一年目とは言え、まだまだ気楽な拓海とは段違いに忙しい。
 なのでこうやってドタキャンもしょっちゅうで、デート中で放り出されることも少なからずある。
 その度に彼から「申し訳ない」と言う気持ちは聞くが、こう重なると本当は避けられているのではないかと邪推する気持ちもある。
「…何か、俺ばっかり好きな気がする」
 容姿も、学歴も家柄も完璧。女性のみならず同性にもモテるという彼が、何を思ってこんな取り柄のない自分を好きだと言ってくれたのかは分からない。涼介が自分を好きだというのは本当だと思う。大事にしてくれるし、自分には甘えてくれたり、他の男と仲良くしていると嫉妬されたりする。
 だけど今では涼介よりも、きっと自分のほうが好きの気持ちが強い。
 会いたくて、抱きしめられたくて、本当は彼を独占して閉じ込めたいくらいなのに。
 だけど恋愛に疎い拓海でさえ、そんな事を口にしようものなら重たがられることぐらい理解している。疎まれ、嫌われてしまうようなことになったら…それを思うと、寂しさなんていくらでも我慢できる。
 …涼介さんは電話をしてきてくれる。だから俺のことはまだ好き。
 そう自分に言い聞かせ、自分を慰めた。
 だが治まらないものもある。
 心はいくらでもごまかせる。
 だが半年の間に、すっかり彼の熱や感触を覚えさせられた体は堪らない。
 特に、性欲の落ち着いた二十代の涼介と違い、性欲が理性を凌駕することもある十代の拓海だ。
 毎日毎晩、欲望を吐き出しても治まらない。
 昔は淡白だと思っていた自分が、涼介を知ることで「俺って本当はインランなんじゃ…」と疑ってしまうくらいに彼が欲しい。
 しかも、昔はまだ性器を擦るだけで済んでいた自慰も、今はもうすっかり後ろを弄られないと達することが出来なくなった。
 後ろの刺激を思い出しただけで、ズクンと拓海の体が疼く。
 涼介の声。涼介の指。そして後ろを激しく穿たれるあの痛みと快楽がごちゃ混ぜになった感覚。
 想像しただけで拓海の股間がゆるく勃ち上がる。
 はぁ、と熱のこもった吐息を漏らし、拓海は涼介の指を思い出しながら、パジャマのボタンを一つ一つ外す。涼介は拓海に着衣を残したままするのが好きだ。彼がよくするように服をはだけさせる。
 下の方も下着ごとずり降ろす。ヒヤリとしたシーツの感触がむき出しになった肌の上を這う。その感覚にさえ煽られながら、拓海は腰を捩り、指でもう興奮から固くなっているピンク色に染まった乳首を撫で、摘んだ。彼がしたように指先で転がすと、芯が通ったように固さが増し、赤い色へと乳首が変化した。
「はぁん…涼介さん…」
 彼の名前を呼び、乳首を弄りながら、ビクビクと震える股間に手を伸ばす。もうしっとりと濡れ始めた先から、堪えきれない先走りが溢れていた。
『イヤらしいな、拓海。もうビショビショじゃないか』
 耳元に、以前言われた彼の声を蘇らせる。
 あの時は恥ずかしくて答えられなかった言葉。今は思う存分答えられる。
「…うん、ヤらしい…俺、すげぇヤらしくなっちゃった…涼介さんのせいだ…」
 欲望のままに、股間を嬲る指を早める。幹を擦る手のひらを上下に激しく動かし、時折親指で先の方を弄る。
「あぁ、やぁ、もっと…あぁん…」
 だが、イけない。
 これだけでは足りない。涼介に尻を撫で回されて、そして奥を指で弄られ、広げられ、そして彼の熱く大きなモノに擦られないと…。
 乳首を弄っていた指を、口に含み湿らせる。そして唾液をのせた指を後ろにあてがい、彼がするように焦らしながら中へとゆっくり侵入させた。
 最初はキツい。だが入り込むと中は熱く湿っており、やがて強張りがゆっくりと消え、誘い込むように扇動を始める。
 涼介と体を重ねるまで、自分の内がこんなふうな感触で、こんなふうに蠢くものなのだと夢にも思わなかった。
「…涼介さんのバカ…俺、もうココ触らんないとダメになっちゃった…」
 そんな自分が恥ずかしく、惨めで堪らない。だが、だからこそ余計に淫らに感じる自分もまたいた。
 グプグプと音を立て始めた後腔。三本入れた指を、彼が動くように出し入れし、前もまた同じリズムで擦りあげる。
「…あぁん、涼介さん、やぁ、もっと…あぁ、奥ぅ…」
 いつも奥の気持ちの良いところまで届く彼のモノ。だが指ではそこまで届かない。焦燥に、拓海は腰を捩り、切なく喘いだ。
「やぁ、届かないよぅ…涼介さんのがいい…涼介さんのが欲しい…あぁん、涼介さんのバカぁ…」
 じんわりと、滲み始めた視界。切なく腰を揺らす拓海の耳に、優しい彼の声が聞こえたような気がした。
「…バカはないだろう?拓海はそんなに俺が嫌い?」
 拓海はそんな幻聴に、ふるふると首を何度も横に振る。
「…好き。大好き…」
「俺に抱かれたい?」
「…うん、いっぱいして欲しい…」
「俺じゃないとダメ?」
「…涼介さんじゃないとイヤぁ」
「…そうか」
 彼の声に喜悦が滲んだような気がした。…よく出来た幻聴だよなぁ。でも幸せ。
 そんな事を思いながら、うっすら拓海が微笑むと、
「こら。いい加減気が付けよ」
 パチンと指で額を弾かれ、痛みを感じ目を開けたそこには、何故か楽しげに笑う涼介の姿があった。
「え……?」
 パチパチと拓海は何度も瞬きを繰り返す。…幻覚??
 拓海の心を読んだように、目の前の涼介が微笑みながらまた口を開く。
「言っておくが幻覚じゃないぞ。正真正銘、本物の俺だ」
 呆然とする拓海の唇に、涼介の体温を感じるキスが落とされる。
 その瞬間、全ての回路が繋がり、興奮で上気していた拓海の顔色が一瞬で真っ青に変わり、次には羞恥から真っ赤に染まった。
 全身を赤く染め上げて、慌てて素っ裸の体を毛布で隠して蹲る。
「りょ、りょう…え、えぇ?!ど、どうして、あの、その…」
 アタフタと慌てふためく拓海を、涼介が今まで見たことがないくらい、嬉しそうな顔で笑った。
「拓海があんまり冷たいから。ムカついて押しかけてみたんだが…来て良かったな」
「つ、冷たいって…そんな…」
「冷たかっただろう?俺が会えないって言ってるのに、残念がるでもなく怒るでもなく、平気な顔されたら、俺だって不安になるよ。もう拓海は俺のことなんて好きじゃないのかな、とか」
 それは違う、と拓海は無言のまま首を横に振り続ける。
「…俺だって不安なんだよ。俺のせいとは言え、会えない事ばかりが続くと、もうこんな奴には愛想をつかして本当は他の奴がいいのかとか思うよ。だから本当のことを言って?」
「本当の…こと?」
「ああ。俺に会えなくて、本当はどう思った?平気だった?もうこんな、なかなか会えないような奴なんて好きじゃなくなった?」
 拓海は首を横に振り続ける。そして、言葉の通り不安そうに眉根をしかめる涼介の顔を見つめながら、抑えていた気持ちを言葉にした。
「……本当は…」
「本当は?」
「…すごい寂しかった。ムカついたし、悲しかったし、涼介さんはもう俺とは会いたくないのかな、とか思った」
「…うん」
「…好きで、会いたくて、涼介さんを忙しくする何もかもがムカついた。涼介さんをどこか誰も知らないところに閉じ込めて、俺だけのものにしたかった!」
「…ああ。俺もそうされたかったな」
「でも…そんなこと言ったら、ウザいとか思われて、嫌われるかもとか思って…言えなかった」
 ぎゅっと裸の拓海を涼介が抱きしめる。肌の間の布一枚の感触でさえ腹が立つ。拓海は涼介のシャツに指をかけ、引き剥がすように脱がし、ずっと我慢していた彼の温かな肌の感触を堪能する。
「…ずっと…こうしたかった…」
 うっとりと、剥き身の涼介の胸に頬を寄せ、彼の鼓動を自分の耳で感じる。抱き合って、身も心も一つになってしまったかのような激しい行為は好きだ。だけど情事の後の、気だるい感覚のまま、温かな肌を寄せ合って互いの鼓動を感じあう静かな時間も好き。
 涼介と一緒にいられるなら、拓海は何だって好きなのだ。触れ合えなくても、側にいるだけで。
 でも欲望は際限が無く、こうやって触れ合っているともっと先が欲しくなる。もっと近くに、もっと彼の中にまで深く入り込みたい。
 だから、
「……涼介さんが欲しい…」
 抱き合う、彼の股間に手を這わせる。そこはもうほんのり固くなり始めていた。拓海が触れたことで、跳ね上がる律動を服越しに感じた。
「……拓海」
 ゴクンと目の前の涼介の咽喉が鳴る。
 ギラギラとした目が拓海を見つめ、それに晒された拓海は、ジワジワと体内を灼熱の炎で炙られたような心地になる。
 羞恥心も迷いも、今はこの欲望の前には影も無かった。体を返しうつ伏せになり、涼介の目の前で四つん這いの状態なる。そして両手で自分の尻を割り広げ、彼を誘った。
「……来て、涼介さん。いっぱいして…」
 背後にいる涼介を振り返るように拓海が見つめる。赤く染まった目元。うっすら開いた唇からは、甘い吐息が漏れ聞こえるようで、涼介の鼓動がさらに跳ね上がる。
 震える指先で、ズボンの前立てを開ける。そしてもうカチカチになった剛直を取り出し、誘う拓海の奥へと宛がう。
「…我慢して良かったな。こんな拓海が見れるなんて」
 いつも慎重な彼らしくなく、漏れ始めた涼介の先走りを潤滑剤に、ぐいっと乱暴に腰を進める。
「アッ、あ――あぁっ!」
 強引な侵入に、拓海の口から嬌声が漏れる。ブルブルと震える拓海の股間から、堪え切れなかった液が、痙攣しながら漏れ弾いた。
「…挿れただけでイったのか?」
「…んんっ、はぁん、やっ…」
 ビクビクと痙攣する中を、抉るように涼介が腰を動かす。誘い込むように律動する内部に、涼介の限界も近い。
「や、…ぁん、涼介さん、またキちゃう…んぁ、あっ!」
「イけよ。何度でも。いっぱい欲しいんだろう?今日は拓海がイヤって言うほど、たくさんあげるから」
「…んぅ、涼介さん、嬉しい…」
「拓海のここが…」
 と、涼介は繋がった拓海の窄まりを指でなぞる。
「…俺の出したものでいっぱいになるくらいに、何度もでもしてやるよ」
 その言葉に、感じ入ったように拓海の内部がぎゅっと強く締まる。
「うん…あっ……」
 涼介の突き入れがさらに激しさを増す。そして最奥を強く擦り上げた時、深い快感から拓海の内部が涼介の欲望を絞り上げるようにぎゅっと締め付けた。そのキツさに、涼介の限界も来た。引き抜いた強張りを、勢いを付けてまた奥まで突き上げる。
「クッ…拓海……」
 微かなうめき声と共に、涼介が拓海の内部で爆ぜる。
「いやぁ、あっ、あぁん…」
 奥のほうで、痙攣しながら涼介の欲望が溢れるのを感じ、拓海もまた同時に感じ入る。前からは、留まることなく白く濁った液体が壊れた蛇口のようにあふれ出す。止まらない律動に、拓海は体を捩り、涼介もまた痙攣を繰り返しながら、全てを吐き出すように腰を動かした。
 ハァハァと二人で荒い息を吐きながら、繋がったままの体をさらに深くするように、涼介が拓海の体を力いっぱいに抱きしめた。
 ぎゅっと、手のひらが背後から拓海の手を取り、握り締める。
「…好きだ」
 耳元に囁かれた彼の言葉に、拓海は無意識に内部を締め付けた。
 クスクスと笑う彼の声とともに、また涼介の欲望が固くなるのを拓海は感じた。
「…俺も…好き…」
 うっとりと、その再度固さを取り戻す熱を感じながら、拓海は苦しい体勢のまま後ろを振り返り顔を寄せ唇を重ねた。
 ――幸せだ。
 そうしみじみと感じながら、先ほどよりも緩やかに、だがもっと深く、繋ぎ合うように彼らは何度も動き続けた。



 翌日の早朝。
 やけに元気な涼介に起こされ、拓海は体を起こそうと思ったのだが、背中と腰に痛みを感じて蹲った。
「起きなくていい。昨夜はいつもより激しかったからな」
 クスリと、意味ありげに笑われて、昨夜の一部始終を思い出した拓海は真っ赤な顔を布団で隠す。
「俺はもう出るが、豆腐の配達も済んだし、会社への電話もしておいたから。ゆっくり休むといい」
 だが続いた言葉で拓海は、バッ、と布団から顔を出す。
「…えっ?!」
「動けないだろう?仕事も休んで今日は一日寝ていろよ」
「で、でも…」
「その腰で運転できるのか?」
「……出来ません」
 ふてくされる拓海の頭を、子供にするように優しく涼介の手のひらが撫でる。
「…昨夜の拓海は最高だった」
 だがそんな優しさとは裏腹なセクシャルな発言に、また拓海の顔が真っ赤に染まる。
「あんな拓海が見れるなら、多少のお預けもこれからは楽しみだな」
「も、もうしませんよ!」
 それは残念、と言いながらも、涼介の機嫌は良い。
「じゃあな、ゆっくり休めよ。夜、また電話するから」
「はい……」
 腰は痛いし体中痛いし、喘ぎすぎて声は掠れている。だが、心の中は幸福感が溢れている。毛布に包まりながら、拓海は痛む体を起こし、涼介を見送った。
 けれど立ち去る間際、涼介が扉を閉めながら拓海を振り返る。
「拓海」
「はい?」
「…今度から一人でする時は電話しろよ?時間があれば駆けつけるし、無理だったら電話の向こうから相手をするから」
 嬉しいだろう?
 にっこりと微笑まれ、拓海は手元にあった枕を涼介に向かい投げつけた。
「涼介さんのバカ!」
 笑う彼の背中を見送りながら、ほんのり電話の向こうで囁く涼介の声を想像し、拓海は体にまた甘い疼きが走るのを感じた。
 そして彼が去った後の部屋で、拓海はこっそり思った。
「……電話…いいかも…」
 その後、だいぶ回復した拓海が、階下に降りてまず文太に言われたのは…。
「…お前なぁ、ちったぁ声おさえろよ。いくら俺でも、息子の喘ぎ声は聞きたくはなかったぜ」
 涼介のとの付き合いは文太も知っているとは言え、そんな部分を親に知られるのは居た堪れない。またも、
「…りょ、涼介さんのバカ!」
 と怒り、「もう二度としない!」と固く心に誓った。
 だが、そんな怒りも治まった頃、
「拓海がもう欲求不満にならないように、色々持ってきてやったぜ」
 と、様々なアダルトグッズを抱えてやって来た涼介に怒鳴りつけたのはまた後日のこと。
「そんな事言わずに使えよ。ほら、これなんか俺のより小さいが、ちゃんと奥まで届くんだぞ?これはローターだから振動するし、指では味わえない感覚が…」
「涼介さんのバカーっ!!」
 怒鳴りながらも、しっかりとそれらのグッズが拓海の部屋のベッドの下に隠されたのは、拓海だけが知る秘密だ。
 そして言葉とは裏腹な恋人を涼介が堪能し、文太が二階から漏れ聞こえる声に、溜息とともに今日も飲みに出る。
「…あいつら、忙しいくらいで調度いいよな、本当に」
 そんな言葉とともに。


某サイト様への押しつけ作品…。