甘喰み

※グラップラー刃牙 父×子※



やわらかなてのひら。
小さな、少し力を入れただけで壊せそうなてのひら。
そのてのひらを硬く、大きな己れの手のひらで包み込む。
女の肌よりもやわらかく、獣の臓腑のように温かい。
腹を割き、その血まみれの内臓に手を突っ込んだ感触を思い出す。

喰いたい。

そんな衝動を覚え舌なめずりする。
勇次郎にとって暴力は呼吸と同じだ。
肉を叩き、骨を砕き、その皮膚を裂いて血を啜る。
それが子供であろうと、女であろうと勇次郎には変わらない。
本能の領域が、目の前に立つものを壊させる。
手のひらの中の小さな手。
目の前には、健やかな顔で眠る小さな子供。
敵を求め、最強を求める男は自らの血で「獲物」を造った。
けれどこの子供はまだ「獲物」にはなりえない。
育つだけでは駄目だ。
血肉を啜る獣。
最強の牙を持ち、最強の爪を持つ獣でなければ「獲物」とは言えない。
この子供だけではない。
勇次郎は他にも種を仕込んだ。
虎視眈々と自分を殺すべく爪を研ぐ子供たち。
それを思うたびにセックスなどよりも深い愉悦を感じる。
けれど。
勇次郎は手のひらに力を込める。
やわらかな手は、ぐっと力を入れただけで、パチンと弾けそうな水風船のようにもろいのに、てのひらは勇次郎の力をやわらかく跳ね返す。
「――刃牙」
名を呼ぶ。
子の名を。
顔さえうつろな女が誇らしげに生まれたばかりのこの子を勇次郎に掲げた。
『あなたのための「獲物」よ?』
小さな、その存在ごときが己の獲物になるものか。
嘲りを込め、まだ骨の固まる頭骨を掴み力を込める。
無力な虫けらのごとく泣くかと思われた子はそのとき。

微笑んだのだ。嬉しそうに。

笑い、そして勇次郎の手をその小さなてのひらで叩いた。何度も。
目の前にはそのときよりも大きくなった子供。
けれど、まだまだ小さな子供。
手のひらの柔らかはは同じ。
小ささも同じ。
「刃牙……」
名をささやけば、子は「うぅん」と唸り寝返りを打つ。
額にかかる子の赤い髪。
その前髪を指で漉く。まるで親のように。
なぜこの子供にだけ「範馬」の名を許したのか。
なぜこの子供にだけ自ら牙を磨くべく教えているのか。
考えれば答えは勇次郎の中に苛立ちを生む。
「大きくなれ――刃牙」
認めたくないのだ。
この腕の中の子を「愛しい」などと。
「強くなれ」
己の肌に傷を生み、肉を打つのは「最強」で…そして「最愛」の敵。
「強くなって…俺を殺せ」
まだ赤ん坊のこの子が微笑んだ瞬間に感じた。

――俺を殺すのはこいつなのだと。

そしてこの子を殺すのも己であるべきだ。
このやわからな肉を裂き、血を啜り、子の全てを喰らう。
このやわらかなてのひらが硬くなり。
この小さなてのひらがもう少し大きくなり。
この瞳が己の姿のみを映し出したときに。
自分でいっぱいになったこの子を食む。
「大きくなれ――刃牙」
己が喰うために。
己を喰うために。
その牙を伸ばし、尖らせ食むが良い。
その牙が肉を裂く日を、勇次郎は待っている。
「…う…父さん…」
小さな、小さな子供。
やわらかなてのひら。
旨そうな我が子。
「……眠れ」
その滑らかな額を撫で髪を漉く。
自然と、獲物を前にしたときに現れる愉悦の笑みが浮かぶ。
「俺は傍にいる。
お前の傍で…ずっとお前を待っている」
喰いたい。
食らい尽くしたい。
この子を。
勇次郎は子を腕の中に囲い込み抱きしめる。
「…うん。父さん…」
安心したように、子は嬉しそうに微笑み目を閉じる。
これを喰うのは己だ。
これが喰うのは己だ。
あどけない寝顔を見つめ、勇次郎もまた満足気に目を閉じた。