作・絵:ぴよ様
『隆介、お願い!助けて』 切っ掛けは、自分をこの世に生み出してくれた、大好きな母からの電話。
夏休み、自宅で惰眠を貪っていた所を叩き起こされ、少々不機嫌に対応してしまった。
『もしもし…、隆介?お母さんだけど…』
要約すると、こういう事らしい。
昨日、夜勤だった父さんを迎えに行って、帰ろうとしたら車の調子がおかしい。
「父さんは?」
『それが、今来客中で…。涼介さん疲れてるし、早くゆっくり休ませてあげたいの…。ね?隆介、お母さんのお願い、聞いて?』
「分かった…、すぐ行くから待ってて」
こんな可愛い人を妻にした、父親の為に働くと云うのは、少々癪に障るが…、結局母の言葉には、逆らえないのだ。
だって、自分の初恋の人なのだから…。
「あ〜ん、ダメだったよ。すっごく、クールなの!」
ここはナースステーション、何故か窓際に沢山の看護師達が群がり、女性特有の高い声で、何かはしゃいでいる。
「皆、窓に張り付いてどうかしたの?」
はしゃぐ彼女達の耳に、やわらかい声が響いた。
「あっ!晴海先生、おかえりなさい。外来、いかがでしたか?」
「今日はそんなに忙しくなかったよ。それより…アレどうしたの?」
指を差して尋ねると、弾むような声で返事が返ってきた。
「ね!見て下さいよ、あのコ…。すっごく、格好良いですよね!さっきからずっと、ああして作業してるんです」
「だけど…外、もの凄く暑いでしょ?だから、飲み物差し入れするんだけど、誰からも、受け取ってくれないんですよ」
白い制服に身を包んだ、可愛らしい彼女達は、『はぁ…』と溜息を吐いた。
チラリと窓の下に目を走らせると、『なるほど…』と頷く。
彼女達が騒ぐ理由も、あわよくば、お知り合いになりたいと思う気持ちも。
「ふぅん…」
踵を返し、晴海はナースステーションを出て行く。
「晴海先生?どちらに行かれるんですか?」
慌てた様に、看護師が尋ねたが、答えは返って来なかった。
隆介は、イライラしていた。
父親譲りの容姿の所為で、見られるのも、騒がれるのも慣れていたが、好意も持たない他人に、ジロジロと無遠慮な視線を向けられる事程、嫌な事は無かった。
それに、先程から入れ替わりに差し入れと称して、話し掛けてくる看護師達。その度に作業を中断させられ、いっその事『お前等自分の仕事しろよ!』と切り捨ててしまいたくなる。
メカに弱い、兄と母の為に覚えた、マシンメンテナンス。
今はまだ、自分では運転する事は出来ないけれど…、二人に安全で、快適な運転を提供する為に培ってきた技術。
これだけは誰にも、邪魔されたく無いのだ。
ジャリッ…
その音に、ピクリと耳が反応し、神経がゾワリと逆撫でされた。
瞬間イライラがピークに達し、頭が沸騰する。
怒りで熱くなった頬に、ヒヤリと冷たい容器が押し当てられ、水滴が触れた。一気にクールダウンさせられ、正常な判断能力が戻ってくる。
視界と熱を遮る影と、石鹸の香り。
そして、ふわりと鼻腔をくすぐる大好きな人の薫り。
「隆ちゃん、日射病になっちゃうよ?少し、休みなさい。これは、ドクターストップだよ?」
耳に心地好いと感じる、優しくやわらかい声。
「晴海ちゃん…」
「そうだよ、出張メカニックさん、ご苦労さま。コレ飲んで影で休憩しよ?」
にっこり笑うと、頬に押し当てていた、お茶のボトルを振って見せる。
「うん!ありがとう、晴海ちゃん」
受け取ろうと、手を伸ばすと、スイと躱された。
珍しく意地悪な態度に、どうしたんだろう?と、訝しげに兄の顔を見ると、悪戯っぽく微笑まれた。
「残念でした!タダじゃないよ?」
そう言うと、『お代は、コチラ』と自らの唇を示す。
意を汲み取った隆介は、白衣を纏った兄にギュッと抱きつくと、柔らかい唇にチュッと、優しい口付けを落とした。
ナースステーションから『あら?今度は晴海先生が挑戦?』と、それを覗いていた看護師達は、口々に悲鳴を上げ、それは病院中に響き渡った。
その頃…
「なぁ、拓海。すごく嫌な予感がするんだが…」
病院中に谺した絶叫に、幸せな微睡みから叩き起こされた、涼介の背中に悪寒が走った。
「涼介さん…、きっと考えすぎですよ」
『呼び出しも来ないし…』と、おっとりと涼介の髪を指で梳き、膝枕したままの拓海が、にっこりと微笑んで答えた。
拓海は自分の一言が切っ掛けで、こんな事が起こるなんて、露程にも思わないのだ…嗚呼、天然…。
本日、母の独占は叶わなかったが、兄の独占と父への小さな嫌がらせは完遂した、隆介なのでした。
2006.5.31