そして僭越ながら…SSを付けてみました…。
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カリスマの秘密~自ら災難を招いてしまった男の受難~
好奇心猫をも殺す。
そんな言葉があるように、人は往々にして好奇心から身を滅ぼしてしまう事が多い。童話、寓話などによって昔から教訓として語り伝えられていると言うのに、それが止まないというのは、これはもう人間の性と言っても過言ではないのかも知れない。
そして今日もまた、好奇心から災難を招いてしまった男が一人。
彼の名は高橋啓介。
赤城レッドサンズと呼ばれる走り屋チームの№2にして、現在は彼の兄がオーナーを努める県外遠征の精鋭部隊、プロジェクトDのダブルエースの一人でもある。
彼は赤城でのプラクティスの合間に、休憩に訪れたワゴンの中でそれを見つけてしまった。
ワゴンの中には啓介一人だ。誰もいなかった。だがさっきまで、彼の兄がいたと言う証拠のように、兄である涼介のパソコンが残されていた。
「アニキ、トイレかな?」
そう呟きながら、啓介はそのノートパソコンに手を伸ばす。これが彼の全ての災難の始まりでもあった。
「…いつもアニキ、このパソコン眺めてるもんな。何か色々作戦とか考えてるんだろうな…」
彼のこの時の好奇心は、純粋にプロジェクトにおける兄の思考を垣間見たいと言う、走りに重点をおいたスタンスで、決して下賎な目的でそれに触れたわけではなかった。
だがどちらにしろ…結果は同じなのだが。
折り畳まれたノートパソコンを開き、電源を着ける。ブゥンと軌道音とともに画面が現れ……そして啓介は硬直した。
「………。……藤原?」
パソコンの液晶画面いっぱいに現れたのは、彼も知る人物。プロジェクトDで啓介と同じダブルエースの片割れでもある藤原拓海だった。
だがそれだけならまだ、啓介の理解の範疇に収まる。密かにではあるが、兄と藤原拓海がいわゆる恋人同士と呼ばれる関係にあるのを、弟である啓介は知っていたのだから。
だが彼を混乱させたのは拓海の存在ではない。彼は何も疑問に思わなかったはずだ。これが普通の藤原拓海の姿であったのならば!
兄のノートパソコンの液晶画面いっぱいに現れた拓海。そう、そこの拓海は普通ではなく……猫だった。
色気誘う姿で着乱した、猫耳と細く長い尻尾を付けた、猫拓海であったのだ。
「…な、何だコレ?藤原、こんな格好したのか?」
じっと画面を見つめる…そして啓介は気が付いた。
「…アニキ…合成だ……」
あの恥ずかしがりやな藤原にしてはおかしいな、とは思ったが、やはりか…。拓海の事に関しては、完璧なあの兄は一気にただの恋ではなく変に変貌する。これもその一環であるのだろう。
そしてすぐに啓介は気付く。
「…マズイ…これ見たのバレたら、アニキに殺される…」
啓介はこの時、すぐに電源を切って逃げるべきであったのだ。
だが、この時の啓介を阻んだのは、そう。好奇心であった。
彼は見つけてしまったのだ。画面の端に並ぶフォルダの中に、「takumi1」「takumi2」と番号付けられた数多くのフォルダたちを。
キョロキョロと啓介は辺りを見回し、誰もいないことを確認し、そのフォルダをクリックした。
そして現れたのは……。
「……やっぱり」
予想通り、そこには藤原拓海の写真の数々。
「アニキ、猫好きだな…いっぱいあるじゃん。しかも…何かすげぇエロい…」
藤原拓海は一般的に見て可愛い顔をしているとは思っていた。だがこの兄の拓海フォルダの中の拓海は、どれもこれも高橋涼介が厳選したものばかりなのだろう。恋愛感情の無いはずの啓介でさえ、その拓海の姿にはドキドキとあやしく胸が騒ぐ。
「うぉ、このパンダのか~わいい~」
さらにクリック。
「…あ、これ浴衣。これもいいな~」
さらに…(以下同文)。
「…ぬぁ!裸エプロン!!…うお~、肝心なとこがイイところで見えねぇじゃねぇか!」
カーソルを動かす右手の動きが早くなる。素早く動き、獲物を捕らえた瞬間にクリック。
「ん?これ藤原の小さい頃か?…あいつ、この頃から色気出してたんだなぁ…つーか、アニキこれどこから…」
じっと見入り、兄の拓海写真館に見入ること数分。
だから啓介は気が付かなかった。
彼の背後に、恐るべき人物が迫っていたことに。
ぽん、と肩を叩かれた瞬間に、驚いた猫のようにビクン、と啓介が跳ね上がる。
そしておそるおそる背後を振り返った啓介が見たのは、満面の笑みの涼介の姿だった。
「……啓介、見たな…」
例えて言うならそれは地獄からの響き。
しかも笑みを浮かべながら、兄の背後にはドス黒い悪魔のオーラが、啓介を押しつぶさんばかりの勢いで漂っている。
「…この俺の、マイベストヒッツ拓海コレクションを、断りもせず…いや、断わっても見せてなどやらんが、見たんだな、お前は。この俺の拓海を?」
「………ご、ごめんなさい…」
「おや?俺は耳が遠くなってしまったのかな?何か言ったか、啓介?」
「ご、ごめんんさい…」
「謝っても遅いんだ!!!」
この時の涼介の叫びは、赤城山中に木霊したと言う…。
「お前が覗いたことによって、この俺の拓海は汚された!もうあの汚れ無き純粋無垢な拓海は存在しない。お前のせいで!…ああ、俺の拓海。さぞ恐かったことだろう、許してくれ…チュ」
『…アニキ…ここまでヤバかったのか…』
パソコンの画面の拓海に向かい、キスをする涼介の姿に、啓介は自分の愚かさを知った。
君子危うきに近寄らず。その言葉が今は胸に痛い。
「だが俺は寛大だ。これが本物の拓海を覗こうものなら、生まれてきた事を後悔させてやるところなのだが、幸いこれは拓海とは言え写真だ。今回ばかりは許してやろう」
「…ありがとうございます」
ほっと安堵の息を吐く啓介。だが彼のこの行為はまだ早かった。
「ただし!ペナルティとしてタイムを3分以上縮めろ。いいな」
「さ、3分って無理だって!今でもかなりギリギリだってのに!!」
「…文句あるのか?」
「い、いや、だって、無理…かなぁって…」
「よし。愚弟のためにこの俺がアドバイスをやろう」
「……お願いします」
「死んでも突っ込め」
「…………」
「分かったな?」
啓介には、そう言いながら微笑む兄の姿に魔王を見た…。
そしてその夜、赤城の峠に激しいFDのスキール音とともに啓介の叫び声が木霊する。
「ギャー!死ぬーーー!!」
クスクスと笑うカリスマの姿に、Dメンバーは好奇心と言うものがどれだけ恐ろしいものかを悟る。
だが、人の好奇心は止まない。
後日。
「…見たな、史裕…」
「ギャー!」
今日も新たな犠牲者の声がまた峠に木霊した。
2006.3.16