オレの好きな人はすごくマイペースですごく強引な人だ。
ついでに言うと頭も良くて、でも、ある意味とっても怖い人だ。
秋も深まったある峠での出来事。
こんな時の涼介には何を言っても無駄だと言うことは誰もが分かっていた。
それでも、その人物の事にだけは耳を傾けるであろうと思ったDの広報部長『史裕』はボンヤリと愛車ハチロクに寄りかかる拓海に、なぁ藤原、と声をかけた。
「俺に言っても無駄です」
面倒くさそうに答えられたその台詞に史裕は苦笑する。
「・・・頼む前に断るなよ」
仕方ないか、と呟いた史裕が今度は啓介の姿を探そうと足を動かした。
その後姿をぼんやりと眺めながら拓海は昨夜の涼介との電話での会話を思い出していた。
『拓海、明日のプラクティスが終わったらそのまま現地に残らないか?』
『は、あの?』
戸惑う拓海の声に涼介の笑い声が重なる。
『いい温泉を見つけた。皆を上手く撒くから二人で泊まろう。バトルの本番までも少し時間も作れるし・・・紅葉も見頃だろう?』
『でも・・・』
『でも、何だ?・・・明日の配達は親父さんの番じゃなかったか?』
『そう、ですけど。でも涼介さん・・・今日までずっと徹夜続きだったでしょ?明日だって大学から直接来るって聞いてるし。大丈夫ですか?家でゆっくり休んだほうが・・・』
『いいから。拓海といたほうが身体が休まる。精神的にもそっちがいいんだ』
断言する涼介に気付かれないように拓海は溜息を付いた。
『じゃ、約束してください。ちゃんと温泉につかってゆっくり身体を休めるって』
『相変わらず厳しいな拓海は・・・分かった、無理はしない、ちゃんと休む。これでいいか?』
『絶対、ですよ?』
『俺を見くびるな、約束は守る』
笑いながらのその言葉に拓海が二度目の溜息を付いた。
『一応、信用してみる事にします』
『ありがとう、と言うべきかな。まぁいい、もう予約は入れてあるから泊まれる用意をして来てくれ』
『はい』
『・・・それと、拓海』
『え?』
口調が若干変わった涼介の様子に拓海が身構える。
『明日、啓介と史裕が何を言ってきても耳を閉じてろ、いいな』
『え?・・・あの・・・?』
『俺の事を多分頼んでくるだろうからな、聞き流せ』
訳の分からない、理由の抜けた文章をどう理解すればいいのか。
拓海は目一杯の嫌味を込めて極力低く呟いた。
『何を言われるんですか?・・・俺、嫌ですからね?悪事の片棒担ぐのは』
『人聞きが悪いな拓海・・・俺がそんなに悪人に見えるか?』
『見た目を信じると大変な事になるんです。俺、実感してますから』
『随分な言われようだな』
拓海の切り返しに、それすら涼介は楽しそうに笑う。
『ほらまた。人が困る事をそんな風に笑って誤魔化すんだから』
明らかに拗ねてしまった風の拓海の口調に、涼介が悪かったと小さく謝る。
『とにかく。明日、奴らから何を言われてもお前が気にする事じゃないし、俺が一切関知しないことだという事だけは覚えておいてくれ』
真剣な音が混じるその言葉に拓海が三度目の溜息を付く。
『訳分かんないけど・・・いいです、分かりました。明日はプラクティスに専念して、その後は涼介さんと温泉一泊旅行を楽しむ事だけを考えるようにします・・・これでいいですか?』
『さすが、啓介と違って呑み込みが早いな』
『諦めが早いだけです』
最後まで捻くれる拓海に涼介がとうとう声を上げて笑い出した。
『そ、か。じゃ、明日。お前のその諦めの早さに期待するよ・・・拓海』
『・・・はい?』
『夜は随分と冷えるようになったから、腹出して寝るなよ?明日は温泉だからな』
『はいはい、涼介さんも出来れば少しでもいいから寝てくださいね?』
『・・・そうだな、明日は夜更かしになるかもしれないしな』
『涼介さん!』
『お休み』
『・・・うー、お休みなさい』
一呼吸置いて切れた携帯を暫らくじっと見つめて拓海はそれを充電器に差し込んだ。
明日、何かあるのだろうか。
笑って誤魔化す涼介の声の裏側に何かが隠されているような微かな不安が拓海を襲う。
拓海の強がりをサラリと流すのはいつもの事。
でも。
不安を消すように拓海は小さく頭を振って布団に潜り込んだのだった。
「藤原」
次は啓介さんかよ・・・背後から掛けられる声にウンザリしながらも拓海は声の主へ振り返った。
「・・・何ですか?」
「機嫌・・・いい筈ねぇよな、わり、分かってんだけどさ」
「じゃ、俺を当てにしないで下さい。涼介さんが駄目って言ってるんだから仕方が無いでしょ?どうしてもってんなら引き摺ってでも連れてけばいいじゃないですか。別に俺が無理矢理引きとめてる訳じゃないし」
投げやりなその言葉に啓介が言葉を詰まらせた。
そんな啓介を無視して拓海は独り言のように言葉を続ける。
「俺には関係ない。俺にだって涼介さんが何考えてるかなんて分かんないんだから」
拓海がそう言って離れた場所にあるワンボックスの方へ視線を流した。
その目線は決して優しいものではなく、どちらかといえば睨みつけるような。
啓介が拓海の頭に手を載せてグシャリと髪を掻き回した。
「悪かった、お前にも辛い事だよな。まぁ、今日はそんな事にはならねぇよ・・・ただ、解決しなきゃならない事だしよ、いつまでも逃げてるわけにはいかないっしょ」
同じようにワンボックスに目を向けた啓介が拓海から手を離した。
そっと拓海の視界から消えるように離れる啓介の後姿を拓海が目で追う・・・その画面が少しずつだがぼやけていくのは多分気のせいでは無いだろう。
そして。今の拓海にはそれを堪える事が出来なかった。
今日のプラクティス。
走りの後で拓海から避けるように交わされた涼介と啓介たちの会話。
涼介にとって、拓海がその場を通りかかったのは全くの偶然で、話を聞かれてしまったのも全くの予想外の出来事だったのだ
しかし。
その話を偶然聞いてしまった拓海は漸く昨夜の不可解な会話の内容を理解したのだった。
『会うだけでも、って事だよ。大変だったんだぜ?お前達のお袋さんは一筋縄じゃ行かない事はお前が一番分かっている筈だ。見合いって言ったって付き合いなだけだろ』
諭すような史裕の言葉を蹴飛ばすように涼介が吐き捨てる。
『その話ならもう決着はつけてある。お前たちは知らぬ存ぜぬで通せ。なんなら俺との縁は切ったとでも言っとくんだな』
無茶苦茶な涼介の言葉に啓介が捻りこむ。
『そりゃねーだろ、兄貴。そんな風だから俺ん所にもとばっちりが来るんだよ。昨日だって泣き付かれて大変だったんだからなー・・・別に結婚するわけじゃねーし、会うだけ会って断ればいいじゃんよ』
『啓介、お前分かってて言ってるのか?』
『・・・何がだよ』
上目遣いで見つめる啓介の視線を受け止めた涼介が呆れたように呟いた。
『姑息な手段を使ってくる奴らに俺は容赦しないって事だ』
棘を含んだ口調に啓介と史裕が顔を見合わせた。
『何か、されたんかよ・・・』
『目、一杯な。教えてやろうか?』
『うわ・・・あんまり聞きたくねぇ・・・』
キラと光った涼介の視線に啓介が嫌な予感を感じて史裕の身体を盾にする。
『おい啓介、しっかりしろ。お前、家に帰れんだろうがそのままじゃ。今日は泊めないぞ・・・涼介、何があった、教えろ』
意外と冷静な史裕が涼介に真意を確かめるべく腕組みをして覚悟を決める。昨夜は母親の口撃怖さに史裕の家に逃げ込んだ啓介。あんなうるさい夜はもう願い下げだとは史裕の切実な心の声だ。
涼介はニヤリとたちの悪い笑みを浮かべて説教を始めた。
『相手は知っての通り代議士の娘だ。そのたかだか代議士ごときがちゃちな権力とコネを使って、この俺を脅迫してきやがった。将来を捨ててもいいのか、とな。メインである筈の娘の気持ちは全くの無視に間違いでは無いだろうぜ?・・・第一親父が長期で海外にいる時期を狙ってくる辺りからして気に食わない。お袋にしてみたら病院を守る事が最大の責務だからな。隙を与えずの攻撃は、流石にあの人でもかわせなかったという所が実際の所だろう。とにかく、そんなやり方は俺にしてみれば信じられない愚行にしか思えないし、まともに応対する値が無いと判断せざるを得ないだろう?だから』
『『だから・・・?』』
啓介の嫌な予感は案外的中する。
涼介の顎が僅かに上げってより高圧的に二人を見下ろした。
『仕方が無いから俺がわざわざ(・・・・)出向いて話をつけてきてやった』
“わざわざ”の箇所に力を込めたその台詞。
啓介の嫌な予感は・・・必ず的中するらしい。
『何のことは無い、ほんの少しの弱みを突付くだけで逃げ腰になったからな、実際大した奴じゃ無かったってことだ。それがほんの数時間前の話だ、だから啓介』
『へ?』
『帰って大丈夫だ、家にも連絡が行ってる筈だしな、見合いの件、お断りしますとな』
フン、と思い出すのも嫌そうに顔を歪める涼介のその態度に、啓介と史裕が苦いものでも呑み込んだような妙な表情で笑いあった。
代議士の弱みを握る大学生って、ありえねぇ・・・
『いいか、二人とも。こんな雑音は拓海の耳には入れたくない。不安にさせる要因は1ミリも作りたくないんだ。俺としては、両親に拓海を紹介するまで、余程の事が無い限り波風を立てたくないし、出来れば一番いい方法で紹介したいと思っているんだからな、これ以上の邪魔は例えお前たちでも容赦しないぜ』
涼介が固まる二人に容赦なく言い放ったその時。
ざく、と草が揺れる音が割り込んだ。
『拓海』
涼介の半ば呆然とした声に其処に現れた拓海が一歩後ずさった。
『あ、あの・・・』
青ざめた顔で、それでも涼介からは視線を逸らせないでいる拓海に涼介が表情を和らげた。
『聞いていたのか。済まないな、黙っていて。でも、もう解決しているから』
安心しろ、と付け加えながら涼介が拓海に近づいた。
同時に、無意識に涼介から身体を逃がそうとした拓海だが、それを許さないとばかりに涼介の腕が伸びる。
『お見合い、いいんですか?』
シャツの袖口をきゅっと掴んでくる拓海の震える手に、涼介は自分の手を重ねて大仰な溜息を付いた。
『ばかだな、お前がいるのに何で・・・勝手な大人たちの都合だ。気にするな』
『・・・でも』
口篭る拓海の肩を抱いて涼介は背後で立ち尽くす二人に視線だけを向けた。
『悪いな、この話はここまでだ。金輪際聞きたくも無い』
半ば睨みつけるようにして涼介は拓海を伴ってその場を離れた。
残された二人は途方に暮れたのだ。
説得しなきゃ家に入れないと脅された啓介と、史裕君は涼介の一番の親友よねと泣きつかれた史裕。
高橋母の顔を思い浮かべて二人は身震いする。
『・・・なぁ史裕、今の兄貴の話、本当かな』
啓介の声が半泣きに聞こえるのは多分気のせいではないだろう。
『うーん、嘘じゃないだろうけど・・・』
『探りいれろよ、な、家に電話してさ』
『俺がか?勘弁してくれよ・・・啓介が聞けよ』
『・・・けどよー』
『取り敢えず、もう少し情報が欲しいな、このままじゃ帰れんだろう』
がっくり項垂れる啓介を宥めて史裕もまた溜息を付いた。
拓海の肩を抱いたまま歩く涼介の胸ポケットで携帯が煩くなり始め、ちらりと発信元を確認した涼介が舌打ちした。
途端険しくなったその表情に拓海は肩に抱いている手をやんわりと引き剥がして涼介の前に立ちはだかった。
『拓海?』
『あの・・・ちゃんと話をしてきて下さい。俺、向こうで待ってますから』
『・・・』
『大丈夫です、逃げません。だって、この後は温泉が待ってるんでしょ?』
にっこり。
かなり無理な笑顔を顔に貼り付けた拓海を涼介は軽く睨んだ。
鳴り続ける携帯を涼介はピッと切り、分かったと小さく呟いた。
『20分・・・いや、15分時間をくれ。話をつけてくる・・・でも、いいか?本当に待ってろよ』
そう言って涼介は拓海の肩を軽く掴んだ。
コクリと頷く拓海を確認して涼介は踵を返したのだった。
その背中をじっと見つめながら拓海もまた反対方向へ足を向ける。
ハチロクのそばにには運良く松本の姿もなく、ほっとしながらその場所へ向かったのだった。
15分。
時間のたつのがこんなにもじれったく嫌なものだと感じた事はなかった。
拓海は順番に説得に来た啓介と史裕に悪い事しちゃったかなとぼんやり考える。
目に溢れかかった水分を腕で強引に拭ってワンボックスをもう一度振り返った。
少し前の自分なら多分身を引いていただろう。
涼介の腕を振り払ってでもこの場所から逃げていたに違いないと何となく考える。
しかし、信じられないけども今の自分にそんな感情が一切わいて来ない事に、少なからず拓海は動揺していた。
何だか嫌な人間になっちゃったよな、俺。
自分の感情を呪いながらも拓海はワンボックスを睨み続ける。
たまに降りかかる啓介と史裕の視線を感じながらも拓海は敢えてそれを無視した。
と、きっかり15分。
ワンボックスから姿を現した涼介の姿を認めてほっとしている自分を、本当に嫌な奴だと思いながらも、拓海はだんだん近づいてくるその人物を見つめる。
近づいてくる涼介の表情が緩んで見えるのは気のせいだろうか。
こんなにモヤモヤさせといてなんだよ・・・
そんな事を心で呟きながら拓海がゆっくりとハチロクから身を起こし、ほんの少し油断した次の瞬間。
目の前、僅か数センチにまで近づいた涼介の顔に拓海は瞬間頬を染めた。
そして。
「え?」
明らかに怒っているであろう拓海の顔を涼介は事もあろうに両手で挟んでキスをしたのだ。
「ん・・・ちょ!・・・何すんですか!」
拓海が涼介の手を振り解き同時に否定の声を上げた。
「冷たいな拓海。随分と待たせたからな、ほんのお詫びだ」
「!」
少しも悪びれることなく言い放たれたその言葉に拓海はがっくりと脱力してしまう。
途端、ハッと気付いて周りを見渡したが時既に遅し。
解散したとはいえ残っているDのメンバー達と。
どうしようと思案している啓介と史裕もまた二人を凝視していたのだ。
誰も口を開こうとしないその表情は一人もかけることなく真っ赤になっていて。
それを確認した拓海の顔もまた火がついたように真っ赤に染まる。
ぶるぶるっと頭を振った拓海は涼介を睨んだ。
「な、なな・・・何考えてるんですか!」
「何って・・・いつもお前の事だけ考えている。決まっているだろう・・・悪いのか?」
「悪いのかって・・・ああっ!もう!ありえねー!」
ガシガシと髪を掻き乱しながらブツブツと悪態をつく拓海の腰を、涼介が構わず引き寄せた。
「うわ!・・・ちょ!涼介さんっ!!」
「ちゃんと説明したから大丈夫だ」
耳元に囁かれるその言葉に拓海が固まった。
「・・・」
「覚悟を決めた。拓海にこんな思いは二度とさせたくないからな、話をつけてきた」
「・・・」
「俺には将来を誓った人がいますと、そう言って来た」
「・・・」
どんどん入り込んでくる涼介の言葉は拓海を軽い貧血に陥らせる。
「お前が男だって事も含めて・・・俺の気持ちは例え家族と縁を切る事になっても変わらないと、そう告げてきた」
最後に降りかかった恐ろしい言葉に拓海が漸く我に返った。
「・・・は?・・・って、あの・・・?」
「聞こえなかったか?」
「いえ、その」
「心配するな、大丈夫だ」
「・・・って言われても・・・普通は信じられないでしょ?たかだか15分でどうやって説得できるんですか・・・どう考えても可笑しいでしょ?」
ここに来て妙に冷静に話し出した拓海の身体を、涼介がやんわりと解放する。
「拓海?」
自由になった途端、背中を丸めるように俯いて立つ拓海の表情を涼介が覗き込む。
「あの、自分でも不思議なんです」
「何が?」
「何でこんなに普通でいられるのかなって」
俯いたままポツリと呟かれるその言葉に涼介が目を眇める。
「・・・」
「あの・・・本当ですか?・・・本当の事言って下さい」
恐る恐る上向く拓海に涼介が少し考えるようなそぶりを見せて、そう来るか、と静かに呟いた。
「俺、大丈夫です。反対されて当たり前の事ですから・・・だから本当の事言って下さい。その後は涼介さんの判断に任せます」
ごくごく普通に喋る拓海を涼介がまじまじと見つめた。
そして、その表情に悪戯な笑みを浮かべて指を拓海の顎にかけ、その視線を食い止めた。
「ふうん・・・お前、別れる覚悟が出来てるって訳か・・・道理で冷静な態度が取れる訳だ。だがな拓海。物事はそう簡単にくっつく切れると言うわけには行かないんだ。諦めろ、相手が悪かったな」
涼介にしてみればかなり乱暴な物言いに拓海がはっとして表情を固める。
「・・・」
「実際にあわせてやってもいいぜ?今すぐにでもな」
「・・・そ、んな事・・・」
拓海の反論はもはや通用するレベルでは無い。
「こんな事くらいで揺さぶられるような簡単な付き合いじゃなかったと俺は自負していたんだがな、お前は違ったのか?」
「こんな事くらいって・・・」
「拓海、強がるのもそれくらいにしておかないと、いい加減俺も我慢できなくなるぜ?・・・本当の事を言え。俺はお前の本音以外は聞きたくない」
微かに怒気さえ含まれたその台詞に拓海が視線を泳がせた。
「・・・涼介さん」
「俺には一番に信頼して欲しい人間がいる。そいつは俺が一番信頼している人間だ。だが、そいつは今、俺に本心を隠そうとしている・・・どうしてだろうな」
「・・・」
「・・・もし、さっきの言葉がお前の本心なら俺はお前の前から姿を消す。それをお前が望むということだからな」
ふらつく視線を止められて拓海がはっと涼介の表情を確認する。
真剣に自分を見つめてくるその瞳には嘘のかけらもなくて。
ああ、どうしてこんなに真っ直ぐに見てくれるんだろう。
どうしてこんなに心を真っ直ぐぶつけてくれるんだろう。
拓海がここでやっと自分を取り戻し始めた。
「・・・うっ・・・っっく・・・」
そうやって自分の心を自分の中に収めた途端溢れ出たものは・・・
俺はこの人が好きだという純粋な思いだけだった。
涼介が黙って拓海の身体を引き寄せて自分の懐に閉じ込めた。
「きつい言い方だった、ごめん」
「俺・・・ごめんなさい」
それだけ言うのがやっとの拓海の背中を涼介が優しく擦った。
「分かってるさ、元はと言えば俺が悪い。もっと早くに行動に移せばよかったんだ」
「俺・・・怖くて、でも、認めたくなくて・・・どんどん欲張りになってく自分が嫌で・・・ずっと、ずっと一緒にいたいのに、涼介さんの事、俺、独り占めしたいのに・・・そんな風に言っちゃいけない気がして・・・」
「馬鹿だな、俺はその言葉がずっと聞きたかっただけなのに」
「ごめ・・・な、さい・・・」
しゃくり上げながらの拓海の言葉。
涼介が落ち着かせるように髪を優しく梳いた。
「分かってる」
後でゆっくり話そうと耳元で囁いて、涼介は呆然としたままの啓介と史裕に振り向いた。
二人の縋りつくような視線に笑いながら、涼介が拓海を促す。
「拓海、暫く車の中で待っててくれないかな。啓介たちに話してくるから」
コクリと頷く拓海をハチロクのナビシートに座らせた涼介が二人に改めて視線を向けた。
「二人とも済まない」
その声で二人がはっと我に返り、ぎこちなく近づいてきた。
「涼介?」
「ああ、済まなかったな。話はきちんと付けたからもう大丈夫だ。帰ってもいいぜ、啓介」
「・・・え?ま、マジで?・・・本当か?」
「疑るな。前々から適当に予防線は張っておいたからな、最小限の嫌味で気が済んだらしい」
「・・・そう、なのか?」
怪しみながらも、啓介は拓海が傍にいることを考えてそれ以上の追求を諦める。
「安心しろ、あの人も実際はほっとしているんだ。断る口実が無かっただけなんだから。いい機会だからこの話を利用させて貰ったよ・・・一生結婚しないと言い続けてきた俺が初めて紹介したい人がいると言ったんだからな、最後は常識や面子よりも自分の息子を信じると言ってくれた」
「・・・」
サラリと言いのけたが、それはある意味脅迫に近いものがあるぜと啓介が毒づいた。
「涼介、お前・・・確信犯だな?」
「人聞きが悪いな、史裕。俺はただ拓海の事を一番に考えているだけだと言ったろう。その為にはどうすれば一番効率がいいかを考えての行動だ。無駄に時間を使いたくないんでね」
「・・・それを確信犯っていうんだ」
「そいつは知らなかった」
史裕が力なく笑い、その隣で啓介が大きく息を吐き出した。
「もう帰ろうぜ?これ以上は付き合ってらんねーや・・・」
ほれほれと、いつの間にか周りに集まっていたDのメンバー達を追いやって啓介が背中を向けた。
その背中に向かって涼介の声が突き刺さる。
「明日の本番は今日のタイムじゃ許さないからな、啓介」
笑いながらのその声に啓介が振り返らずに片手を挙げた。
呆れたように笑った史裕がその後を追う。
「じゃ、涼介、明日頼むぞ」
その言葉に頷いた涼介がハチロクのドアを開けた。
オマエが惚れた相手は悪魔かもな。
これは髪が金色の人が言った台詞だ。
明け方。
高橋家では啓介が待ち構えていた母親に捕まっていた。
「何だよ、まさか一晩中起きてたのか?・・・もう朝になるぜ?」
啓介の疲れきった声にめげるような母であるはずが無く。
「ね、教えなさいよ。どんな子なの?」
「は?」
「拓海君って子・・・啓介も知ってるのよね?」
「まさか、マジでカムアウトしたのかよ、兄貴・・・」
実際の所半信半疑だった啓介がここでがっくりとうな垂れた。
「啓介?」
「あ?・・・まぁな、知ってるけど」
「涼介の話じゃ、なかなかの美少年、って事だけど」
目をキラキラさせて詰め寄ってくる母親に啓介がたじたじとなる。
「・・・えーっと、誰が?」
「あらっ、拓海君がよ・・・今度連れてくるって言ってたけど、本当?」
「・・・」
兄貴、なに考えてんだよ。煽り過ぎだって・・・
「どうなのよ!」
「・・・美少年、ね・・・顔はその部類かなぁ・・・でも、性格は・・・どっちかって言うと庶民的っていうか、あー、でも頑固な所は兄貴に近いかなぁ・・・」
「まーーーー!いいじゃない!・・・涼介に言っといてよね、早く連れてきなさいって」
「い、いいのかよ!・・・って!おい!どういう意味だよソレ!」
楽しみだわーとはしゃぎながら母が自室へと姿を消した。
残された啓介がポカンと口をあけたままその消えた後姿のあった場所を凝視する。
何だよ、この家は・・・
結局まともな一般常識のある奴は俺だけかよ・・・って、親父の意見とかは聞かなくていいのかよ。
どうなってんだよ一体。
諦めにも似た気持ちが啓介を支配して、疲れを2倍に増やした身体を引き摺るようにして階段を上がる。
自室のベッドにドスンと身体を沈めると同時に啓介は眠りの世界に落ちて行った。
明日の本番は本気で走らないとマジで命がヤバイ・・・兄貴を怒らせんのは絶対にやめよう。
そんなことを考えながら。
2008.5.22